父、旅行に行く

 退院から3週間後、父が九州旅行に出かけました。これは毎年の恒例行事で、宮崎で入院している父の母(私の祖母)のお見舞いを兼ねて、方々の温泉宿に泊まり歩いてくるのです。今回は5泊。
旅行の前は、数日前から上機嫌。父もですが、私も、あと少しだと思うと気分が軽くなるのです。父は年に3度ほど旅行に出かけるのですが、なぜかいつも仕事が忙しい時期と重なるのです。しかし、今回は珍しく例外。というわけで、とりわけ私の機嫌がいい。夕食のとき、明日の天気予報を見ながら、
「明日、雨かも」。
 天気予報では朝まで雨が残るかもしれないとのこと。旅行にはもちろん、折りたたみ傘を持っていくけれども、一度使った後の折りたたみ傘は案外、面倒。
「朝、駅まで送っていこうか」
 何しろ、上機嫌の私。
「でも、朝6時に出発だよ。そのためには、5時30分に起きなくちゃでしょ。早いからいいよ」
 父も余裕綽々。
「ん~、大丈夫だよ。それくらい」
「ん、いや、いいよ。傘を差していくから。出かけるときに起こすよ」
 という結論に。お薬持った? とかポリデントは入れた? チケットは? なんて、旅行準備の確認。
「このひき肉、ちょっと硬いね」
 父が言った。これは歯茎が脹れ始める1週間くらい前に、父が必ず言う言葉。ひき肉とかきのことかが、食べにくくなるらしい。
「あ~! それ、気をつけな。お父さんがそう言う時って、いつも歯茎が脹れ始める時だよ。旅行中だから、まあ、気をつけるって言っても難しいけれど」
「そう・・? ・・うん」
 自覚があるのかないのか、父はちょっと渋い顔をした。入院以来、昔ほどは体への自信(しかも根拠のない)がなくなったということだろうか。

 そして、次の日の朝、私が目覚めたのは父の声でした。すっかりしたくは整い、あとは出かけるだけという状態で、父は玄関にいました。
「それじゃ、行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい。時計は持った?(いつも忘れるのです)」
「持った」
 と、わざわざ私に見せてくれる父。これは父のいつもの癖(?)で、持っていればそれでいいのですが、子どものようにわざわざ何でも見せてくれる。ハンカチは? と聞けば、ハンカチをポケットから出して、私に見せる。まるで小学生な父。
「じゃあ、戸締り、火の始末に気をつけてね」
「はい、いってらっしゃい」
「いってきます」
 玄関を出る父。
 あ~! やった!! 解放された! 
 急に家の空気が軽くなり、私の羽はびよよ~んと伸びきっているのでした。
 しかし、1分後。バタンバタンとドアを開けようとする音。続いて、ピンポンピンポンピンポンっとけたたましいドアホン。これは・・・間違いない。父だ。戻ってきた~!
 私がドアを開けるまでなり続けるドアホンの音にせかされながら、不機嫌にドアを開けると「灰皿を見ておいて」とのこと。
「はいはい。いってらっしゃい!」
あ~あ。せっかくの気分がぶちこわし!
 とっとと父を追い出し、鍵をかける。しかし、これもいつものこと。父は出かけるとき、必ず人を巻き込む。(いや、出かけるときだけじゃない。何をするにも、一人じゃ厭な性質なのだ)「時計がない。」「小銭入れを忘れた」といっては、私に部屋まで取りに行かせる。中でも一番多いのが、灰皿の始末だ。私が大っきらいなタバコの後始末を、なんで私にさせるか!? うんざりダブルな気分で、臭い灰皿の始末をする。ビニール袋に灰皿の中身を移す。袋の口を結ぶときに、ふわっと浮かび上がる灰がなんとも気持ち悪い。くしゃみがひとつ、ふたつ。父を追い出すのと同じ気分で、灰をゴミ箱へポイ!
 しかし、くしゃみは止まらず、急いで洗面台へ。鼻うがいで灰だかタバコの成分だか洗い流し、さらにくしゃみを数回。やっと生きた心地になる。
 やった~! これで本当に解放だ~!
 これから数日間の天国のような日々に、私の背筋はすっきりんっと伸びるのでした。

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